〜時は2006年〜
大学を半年ダブって卒業し、アートドキュメンタリー映像の事務所に勤め、月ホニャララ万円の薄給(激安総支給&国保自己負担)で口糊をしのいでいたハセガワ…
生来よく飯を食うほうで、当時¥100ローソンで500gのパスタを買っては同じく100ローに売ってるキューピーの大容量280gパスタソースをかけて毎日食う。というデタラメな食生活を送っておりました。
とにかく腹一杯ご飯を食べたいという、2000年代の若者にあるまじき食欲至上主義的生活。
そんな僕が住んでいたのは、京都市左京区。
ご存知の方も多いとは思いますが、ここは関西屈指のラーメン街。
というか、ラーメン街だからそこに住んだ。
今は随分と格を落としてしまったが、左京区一乗寺に「天天有」という名店がありまして。
鶏と野菜を煮込んだ甘めのスープが好きで、学生時代はお世話になりました。
2006年10月、その隣に彗星の如く出店。
名店に挑戦状を叩きつけたのが「ラーメン荘 夢を語れ」1号店でした。
青いテントに白ペンキで手書きの「夢を語れ」
客はまばら。謎の食券システム。
店内からはよーわからんフォークシンガーが歌う激ダサテーマソングが無限ループで聞こえてくる。
「あ、これヤバい店や」と思ったものの、妙に心惹かれるものを感じ、意を決してオープン初日に入店。
そこから京都を離れる2015までの9年間、系列店も含め、ほぼ毎週通い詰めた。
16歳の頃、高校を辞めて東京に半年ほど住んでおりまして。
それを心配した叔母さんの息子(慶応ボーイ)が、よく僕を遊びに連れ出してくれました。
その頃食べさせてもらった、信じられんほど美味しいラーメンを出す店が「ラーメン二郎 三田本店」だったとはつゆ知らず。
当時はインターネットも無く、僕も若くてアホだった(今もアホ)ので店名をあまり覚えておらず。
そんな「二郎」の存在を思い出させてくれたのが「夢を語れ」でした。
二郎系、食べたことありますか?
正直、嫌いなひとは全く受け付けないと思います。
そもそもラーメンなのか?→よくわからん。
極太麺。化学調味料つかいまくり。超ハイカロリー。脂多過ぎ味濃過ぎケインコスギ。
意味不明のローカルルールと、いつ頼んだら良いのかよくわからないコールシステム。
ゆっくり食べたら白い目で見られる。
初見のひとにとってこれほどハードルが高いお店は他に無い。
でも僕はハマってしまいました。
愛媛に引っ越してきた2015年当時の愛媛は二郎紛いのお店しかなく嘆いておりました。
1号店オープンから15年以上…まさか松山に「夢を語れ」が出店されるとは思いませんでした。
てか最近愛媛も二郎系多いスね。
そして近頃はコンビニでも相当なレベルの二郎系ラーメンが買えますな。
いつでも食えるようになると案外行かないもので、ここ数年そこまで二郎系の頻度は高くなかったのですが…
最近ブームが再燃。
めっちゃくちゃ食いまくってます。
もうオッサンなので身体壊さんようほどほどにせんとなぁ…
ほなまた!
ハセガワ